デリバレイティブ映画観

~ゆるやか映画感想・随想ブログ~

『ゼロの焦点』(新潮文庫) 松本清張 

日本を代表するミステリー作家という問いに、

 

松本清張の名は必ず挙げられることだろう。

恥ずかしながら私はこれまで彼の作品に触れたことがなかったことに気づき、

ついにその世界に踏み出すための一冊を手に取った。

それが今回の、『ゼロの焦点』である。

 

 

ストーリーはすでに広く知られるところであり、

そのあらすじもネット上ですぐ知ることができるだろうから、

文庫の裏スジ程度で書くにとどめておこう。

 

 

主人公の禎子は、ある時10歳年上の鵜原憲一と結婚する。

しかし、新婚旅行を終えたのち、

憲一は引継ぎのために向かった前任地・金沢で失踪してしまう。

禎子は自ら金沢へ赴き、夫の失踪の真相を探っていくが、

その中で数多くの事件に遭遇しながら、

彼女はある真実にたどり着いた。

そして、その先にはある悲劇が待ち受けていたのだった。

 

 

社会派という印象からか、

松本清張の小説は非常に重厚だという先入観を持っていたが、

この作品は意外なほどに読みやすい文章で書かれていた。

ストーリーは実にテンポよく進んでいく。

 

 

主人公の禎子が次々と起こる事件から手がかりを見出し、

その推理を深めていく様子もわかりやすい。

浮かび上がった重要人物が殺され、推理が一時振出しに戻るものの、

殺されたこと自体が推理の手掛かりとなっていくところなどは、

まさにミステリーの王道的な面白さを持っている。

殺人の動機などにミステリーとしての穴があるという指摘もあるようだが、

ストーリーの持つ勢いと文章の引力でそれはあまり気にならない。

 

 

 

クライマックスのシーンも悲哀に満ちているが、

作中のいたるところで建築や人々の服装、気候が詳細に描き出され、

北陸のどんよりとした重たい雰囲気が肌で感じられることによって、

その痛切さはより真に迫ってくるようだった。

 

 

戦後の混乱期を生き抜かねばならなかった人々が、

その時代の痕跡によって現在も苦しめられる。

そうした社会の構造に対する警鐘をベースとしながら、

ミステリーとしての面白さ、エンターテインメント性を融合させているところに、

松本清張という作家の迫力があるのだと思い知った。

 

 

もっとも、これはまだ1つの作品を読んだ後の感想にすぎない。

松本清張の作品の中にはよりエンターテインメント性色の強いものも、

 より社会的なメッセージが強いものもあるだろう。

『点と線』はもちろんのことだが、

『昭和史発掘』のようなノンフィクション作品にも触れることで、

彼の目が捉えていたものは何か、その輪郭が見えてくるはずだ。

 

 

そういう意味では、

松本清張の世界に踏み出すための一歩目として、

読みやすさのある『ゼロの焦点』はとても良い選択だった。

これからも彼の作品を読むことを続けていきたい。

 そのうえで、同時代を見る目を養う一端となれば幸いだ。

 

 

また、映画版もあるとのことなので、

ウイスキーでも飲みながら鑑賞しようと思う。

もちろん、ウイスキーは自分で購入するつもりだ。